13 保育と心理学 「だめだよ!おじさんにさせないと」 ある保育園で,子どもたちがカラーテー プを三つ編みにして縄跳びの縄を作ってい た。私も見よう見まねでやったのだが,無 惨な状態。見かねた4歳児のユウが「教え てあげる」とやってきて,私のもっている テープを指さしつつ「こことここ,こっち やって」などと教えようとする。ただ,こ の不器用なおじさんにわかりやすく教える のは至難の業だったようで,とうとう「やっ てあげる」と,テープを私から奪い取った。 そのときのこと,この様子を見ていた5歳児 のシュウが一言。 「だめだよ!おじさんにさせないと。自分 でやらないとうまくならないよ」(そのとお り!おっしゃるとおり!) シュウは私の横に座り,一つひとつの工 程を区切って手本を示しながら教えてくれ た。適当なところで,「じゃあ,あとはおじ さん一人でやりな」と言って立ち去ったが, 要所要所では黙って様子を見に来てくれた。 学生時代のアルバイト以来,保育現場ではこ んな素敵な体験をさせていただいている。私に とって大事な場である。保育園でコミュニケー ションや自他理解の発達研究を進め,保育園・ 幼稚園・療育施設において支援の難しい事例を 保育者の方といっしょに考えるということを 細々と続けてきている。その際,心理学の知 見を実践に直接持ち込むことには慎重な姿勢で いる。二つの異なる専門領域が協働するために は,自身のできることとできないことを自覚し ておく必要があり,そのことで相互に学びあえ るものが増えるだろう。 心理学ワールドの輝かしい流れに乗りきれ ず,さりとて心理学を「卒業」できないでいる 私自身が,保育実践から学んできたことをまず は振り返ってみたい。 知りたいのは「サリー」のことか? 保育に限ったことではないが,実践は複数の 人がさまざまな社会−文化的な文脈のもとにな されるものであり,諸要因が複雑に絡み合って 成立している。要因統制を行い仮説検証的な研 究スタイルから出発した私にとって,保育実践 は考えるべき問題を投げかけてくる存在であ る。ある種の視野狭窄を矯正し,本当に光を当 てるべきものは何かを教えてくれるものでもあ る。一つの研究テーマから具体的にみてみる。 「心の理論」は,この40年,発達心理学の主 要テーマであり続けている。そして,「心の理 論」といえば,サリー・アン課題に代表される 誤信念課題で測定されるのが通例となってい る。一つの事態について,自己と他者が異なる 信念をもっていることを理解できているかどう かに着眼したのは,先人の大きな功績であっ たし,ある機能や能力を想定して,それを測定 する方法を考案するのは心理学研究の王道であ
保育実践と発達心理学
─ 相互の学びあいに向けて
神戸大学大学院人間発達環境学研究科 教授木下孝司
(きのした たかし) Profile─木下孝司 京都大学大学院教育学研究科博士後期課程学修認定退学。博士(教育学)。静岡 大学教育学部助教授等を経て,現職。専門は発達心理学。著書は『乳幼児期にお ける自己と「心の理解」の発達』(ナカニシヤ出版),『「気になる子」が変わるとき:困難をかかえる子どもの発 達と保育』(かもがわ出版),『子どもの心的世界のゆらぎと発達:表象発達をめぐる不思議』(共編著,ミネルヴァ 書房),『心の理論:第2世代の研究へ』(分担執筆,新曜社)など。14 研究の単位の拡張から気づくこと 保育は,さまざまな活動から成り立ってい る。保育実践に即するならば,活動そのものが 研究対象となり,自ずと研究の単位を拡張する ことになる。たとえば,冒頭で紹介した,教え る行為もその一つである。子どもはおとなから 教えられる存在としてみなされがちであるが, 保育場面で出会う子どもたちは,実に教えたが りである。 この間,ヒトの教示行為は累進的な文化進化 を推進するものとして,比較認知科学や行動遺 伝学から関心が寄せられている(安藤,2018)。 発達研究では,教えるためには他者の知識状態 を理解する必要があるとして,もっぱら「心の 理論」との関連が注目されてきている。そし て,実際の研究では,ボードゲームのルールと いった言語的に伝達される知識が題材となって いる。確かに,言葉を使って何らかの知識を伝 達するのは「教える」ことの典型例のように見 える。しかしながら,こうした実験的場面は日 常の保育場面と距離がある。 そこで,ある保育園において,年中児と年長 児のクラスを観察して,子ども同士の教示行為 エピソードを収集して,次のようなことがクリ アになった(木下・久保,2010)。一つに,誰 が教えるきっかけとなったのかを見てみると, 教える側の子どもが「教えてあげようか」と申 し出るエピソードが圧倒的に多かった。従来の 研究では,研究者の「教示」によって子どもは 教示を求められているのだが,あらためて教え たがる幼児の事実が明らかになった。 二つ目に,子どもが教える内容は手続き的知 識に関わるものであり,その中でも跳び箱など の身体運動や,折り紙などの製作活動が多く, いずれもが言語的には伝えにくい技能を含むも のであった。冒頭のエピソードのような,三つ 編みの仕方など「技」の習得において,言葉に よる教示よりは,自分のしていることに注目さ せて観察学習を求めること(木下,2015)や, あえて直接教えないことも有効な方法となる。 文化人類学によれば,教育行動が観察されない 社会があることが知られているが,その社会で る。 ただ,保育実践において話題になるのは, 会ったことも見たこともない「サリー」のこと ではなく,大好きな保護者,先生やクラスの友 だちとの出来事である。気になる友だちをいっ しょに遊ぼうと誘ったのに,「イヤ」と言われ たとか,友だちの手助けをありがた迷惑に感じ て思わず拒絶したとか,子どもの日常生活では さまざまなドラマが起こっている。保育者のお 話や記録には,それぞれが独自の持ち味を有し た子ども同士の世界が満載されている。 「そんなこともあるんだよね」 ある幼稚園でのお昼時,午前中にたっぷ り遊んだ後のこと。それぞれのグループご とに配膳して昼食を食べているのに,一つ のグループだけ用意ができていない。当番 のフウヤが疲れたからやりたくないと,机 に伏せたままでいたのだ。先生が友だちが 困っていることを伝えて促すのだが,いっ こうに動こうとしない。そんなやりとりを 聞いて,別の女の子がぽつりと言ったのが, 「そんなこともあるんだよね」。その声を きっかけに,同じグループのユウキが準備 を始め,フウヤは自分から約束した次の日 は張り切って当番をしたのだった。 (岡村・金田,2002) 私たちは,いつも合理的に判断できないし, いつでもがんばることはできない。この女児 は,そんな厄介さや弱さを含めて人間を理解し つつある。ある意味"誇大広告"ではなく,「心」 の理論というならば,こんな心持ちの理解まで 及びたいところである。そこで,日常の一コマ から,相互主観的なやりとりを拾うのは,有力 なアプローチとなろう。あるいは,実験的方法 を踏襲するとしても,心の移ろいゆく性質に焦 点を当てる(木下,2008)のは有意義であると 考える。
15 保育と心理学 価値づけられた活動の特性によって,伝達の方 法と経路が異なるのではないだろうか。活動の 特性に注目することで,文化差の内実をさらに 具体的にとらえられるだろう。 異国の地に赴くのと同じように,保育現場に 行くことで,等閑視されてきた問題に気づくこ とができる。教示というと,近代的な学校教育 の教授をモデルとし,さらにその前提として, 「心の理論」研究は,他者理解を,表象として の心の理解に還元する表象主義に陥っている。 私自身の場合でいえば,こうしたことについて 考える契機を保育実践から与えてもらった。 保育現場にご縁のある者として 発達科学部のゼミの出身者には,幼稚園教員 や保育士(保育士資格は試験にて取得)として 活躍している方々が細々とだが続いてきた。ま た,大学院修了者は発達研究を進めつつ,幼稚 園教員養成や保育士養成に携わっている。そこ に発達相談員として働く卒業者も交えて,子ど もに関わるいろいろな話をしながら,発達研究 の議論もできる環境に感謝している。 大学の教育では,子どもの姿に驚き,面白が る目のつけどころが少しでも伝わればと願って いる。そうした教育での貢献に加えて,編集委 員会から頂戴したテーマ「保育に対して心理学 が貢献できること」について,まだ自分にはで きていないことも含めて,述べてみたい。 知り合いの民間保育園の園長さんと顔を合わ せると,保育士不足の話題となる。保育士資格 を持ちながら,保育園等で働いていない潜在保 育士は70万人以上いるという。その理由とし て,賃金の低さや休暇などの労働条件の悪さが あることは,多くの人に知られるところとなり つつある(図1)。キャリアアップ研修による 給与改善も進められようとしているが,その制 度設計には課題もあるようである。また,「幼 児教育・保育の無償化」に関わって,保育の質 をあげるために保育士の待遇改善も必ずセット で,という関係者の声は大きい。 自戒を込めていえば,心理学者は「心のあり よう」や「心がけ」に集約される心理主義に流 れやすい。「心がけ」だけでは変わらないもの があるし,数々の「心がけ」が保育者を追い詰 めてしまうこともある。保育者が安定した生活 ができ,安心して悩みながら実践できるための 条件づくりに,それぞれの立場から発言・関与 することは,「心理学者として」と言う以前に, 保育現場にご縁のある者として考えたいことで ある。そして,大学で子どもの発達をともに学 んだ人たちに,保育の仕事を長く続けて欲しい。 また,保育の責任の重さや事故への不安が, 保育という仕事に向かいにくくしていることも 看過できない。待機児解消の名目で,保育の基 準が緩和され,保育士の配置や保育室の面積な どの基準は切り下げられて,保育士の負担は増 している。「叱らない」保育をしたいと思いな がらも,安全面の配慮から,禁止や制約の保育 をせざるを得ないという切実な訴えを聞くこと もある。 そのような中,とりわけ認可外保育施設にお いて乳幼児の死亡事故が後を絶たない。事案に よっては,「乳幼児突然死症候群のため予見不 可能」として,施設サイドの注意義務違反が法 的に問われないものもあった。それに対して, 真実を知りたいという遺族が,子どもの命をな いがしろにする劣悪な保育条件の改善を求める 関係者の支援のもとに裁判を起こし,施設の責 任を明らかにしている。それは施設の法的責任 を問うだけに留まらず,子ども,保護者,保育 者が安心して過ごせる保育を築いていくための 礎となっている。 その過程において,発達心理学のチーム(平 沼博将氏(大阪電気通信大学),服部敬子氏 保育実践と発達心理学 休暇が少ない・取りにくい 健康・体力への不安 責任の重さ・事故への不安 他職種への興味 賃金が希望と合わない 図1 資格を持ちながら保育士への就業を希望しない 理由(回答者数958名, 複数回答可) 注 厚生労働省職業安定局による調査(2013年)から, 割 合の高い項目を抜粋して表記。 0 10 20 30 40 50(%)
16 (京都府立大学),田中真介氏(京都大学))が うつぶせ寝の危険性について,遺族を中心とす る「赤ちゃんの急死を考える会」が作成した動 画を発達的視点から解析することで研究的な支 援を行っている。それによると,首が十分にす わっている4 〜 5 ヵ月児であっても,うつぶせ 姿勢でいったん頭が下がると数分でface down の状態に陥り,窒息のリスクが高いことなどを 明らかにしている(平沼,2016)。保護者を支 えながら,保育の条件を良くする取り組みも進 め,発達心理学が保育実践に貢献をしている好 例だといえる。 子どもが愛おしくなる発達論 厳しい労働環境にあっても,保育にやりがい を感じて実践している保育者は多い。その原動 力の一つは,子どもを愛おしく思う気持ちであ り,子どもの発達への感動であろう。ただ,実 践がうまくいかず,ネガティブな子ども理解に 陥ることもある。その際,私なりに,交通整理 的な役割が果たせればと考えている。たとえ ば,保育で「気になる子」を考える際,①困っ た行動が起こる場面とそうでない場面を,複数 の目で確認して話し合いをすること,②子ども との関わり方といった関係論だけではなく,遊 びや日課のあり方といった活動論からとらえ て,問題を子どもの内的要因にのみ帰属させな いことなどに留意している(木下,2018)。 発達心理学の立場から,保育者(学生も含め て)がよりいっそう子どもを愛おしく思う契機 を作ることができればと願っている。ただ,そ れも道半ばであり,そのための私自身の課題は 二つある。一つは,子どもの姿や発達を語る 言葉を豊かにすることである。たとえば,「表 象」は乳幼児期の発達を考える上で重要概念の 一つであるが,1歳児が表象発生によって「思 い当たる」ものに気づいて,感動とともにそ れを命名する姿と結びつけて説明することがで きる。故・神田英雄氏は,保育実践を丹念に読 み解き,発達研究の成果と結びつけながら,子 どもと保育者が織りなす「ドラマ」を描いてい る(神田,2013等)。こうした神田氏の仕事に 学び,子どもの発達を語る言葉を鍛えていきた い。 二つ目の課題は,発達論の再吟味である。精 緻な実験や脳研究が進展したとはいえ,新しい 自分を自らつくり出していく発達のメカニズム についてわかっていないことが多い。特に,保 育・教育との関係で確認していきたいのは,次 のことである。「今持てる力を発揮して,今の 諸活動(生活)を充実させることが,大人には 逸脱や脱線に見える行動となって現れることが あったとしても,結果的に,かけがえのない自 分を築いていくことにつながる」。このことは 個々の研究で実証するのは難しく,多くの研究 を束ねて方向づける人間観・発達観と言ったほ うがいいかもしれない。「今」の充実と子ども の発達については,幼児教育の先人が大切にし てきたことと重なると思われる。 経済効率原則が保育や教育にも浸透してき て,子どもの発達や実践をとらえる単位が短く なっている今日だからこそ,発達論の再吟味を することは,保育者が安心して試行錯誤しなが ら実践できるために必要なことだろう。 文 献 安藤寿康(2018)『なぜヒトは学ぶのか:教育を生物学 的に考える』講談社 平沼博将(2016)「うつぶせ寝」の危険性と保育事故を なくす取り組み 平沼博将他(編)『子どもの命を守 るために:保育事故裁判から保育を問い直す』クリ エイツかもがわ 神田英雄(2013)『0歳から3歳:保育・子育てと発達研 究をむすぶ〈乳児編〉』ちいさいなかま社 木下孝司(2008)『乳幼児期における自己と「心の理解」 の発達』ナカニシヤ出版 木下孝司・久保加奈(2010)幼児期における教示行為 の発達:日常保育場面の観察による検討 心理科学, 31,1-22. 木下孝司(2015)幼児期における教示行為の発達:学 習者の熟達を意図した教え方に注目して 発達心理 学研究,26,248-257. 木下孝司(2018)『「気になる子」が変わるとき:困難 をかかえる子どもの発達と保育』かもがわ出版 岡村由紀子・金田利子(2002)『4歳児の自我形成と保 育:あおぞらキンダーガーデン・そらぐみの一年』 ひとなる書房